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【低用量ピル】9割が飲んでいる!?ピル先進国・オランダで得た知見

さくらジャパン(ホッケー女子日本代表)の守備の要として、2度のオリンピックに出場。さらに、オランダで日本人女子選手として初めてプロ契約を結び、新たな道を切り拓いてきた及川栞(おいかわ・しほり)選手は、ハードなシーズンを戦い抜くために、日々コンディショニングとケアに細やかに向き合っています。

食事や睡眠の質を高めるとともに、大会や遠征で常にベストなパフォーマンスを発揮するために低用量ピル「マーベロン」も活用していると言います。ピル先進国と言われるオランダで得た知見や、低用量ピル使用に至った経緯、周囲のサポート、そして今後に向けた思いまで、じっくりとお話を伺いました。(取材:松原渓編集部員)


©Takehiro Saito
©Takehiro Saito

◆連戦のコンディショニングを支えるトレーニングサイクル

 

――4月19日に高円宮牌2025ホッケー日本リーグ(さくらリーグ)の新シーズンが開幕しました。岐阜、大阪、東京、埼玉、広島と、全国を回りながらのリーグ戦となりますが、シーズン中はどのようにコンディションを維持しているのですか?

 

及川:シーズンが始まると土日が試合になるので、月曜を心身ともにリセットする日に当てています。火曜から木曜までは筋力をキープしながらトレーニングをして、金曜は適度に体を動かして疲労回復を促すアクティブレストのイメージです。20〜30分、軽めのバイクやランニングなどで体に溜まった乳酸を排出しつつ土日に備えます。試合間隔が開く時は、高強度のトレーニングと、試合に向けてコンディションを整えるトレーニングのバランスを考えながら、トレーナーとコミュニケーションをとって計画を立てています。私が所属している東京ヴェルディホッケーチームは週に3回の練習を行っていますが、それとは別に、個人でお願いしているトレーナーの方がいて、ランニングやウエイト、体作りなど、それぞれの分野でスペシャリストの方に見ていただいています

 

――万全の体制を整えているのですね。オランダやオーストラリアなど海外のハイレベルな環境でもプレーしてこられましたが、現在のコンディショニングのサイクルに至るまでには試行錯誤があったのでしょうか。

 

及川:そうですね。ヨーロッパで試合は基本的に週1回で、日曜に試合があったら月曜がオフになり、火曜から土曜の間に次の相手に備えるというルーティーンでした。日本では土日に2試合の連戦になるので、かなり負荷が高くなります。その違いに合わせて、帰国後は自分に合ったコンディショニングを模索しました。その過程で失敗もありました。試合前に負荷を上げすぎて当日体が重くなってしまったり、逆に、負荷をコントロールしすぎて、感覚的に締まりがない感じで試合に入ってしまったり……。トレーナーとコミュニケーションをとりながら、体が軽くて筋肉も動きやすい状態で試合に入れる方法を模索して、今のスタイルに落ち着きました。

 

――体の調子や感覚を正確に把握するために、バロメーターにしていることはありますか?

  

及川:毎朝やっているヨガで、筋肉の伸び具合や張り具合がよくわかるので、一つの指標にしています。「今週は少し負荷が高すぎたかも」、「筋肉の張りがまだ残っているな」という感じで、自分の体とコミュニケーションを取っています。疲労が溜まっている時は、ヨガをすることで血流が良くなって体が楽になります。

 

◆安定したパフォーマンスを生み出す食事と睡眠

 

――食事面では、どのようなことを意識していますか?

 

及川:とにかく、お米をたくさん食べます(笑)。トレーニングの目的によっても違うのですが、たとえば今シーズンは1月末から3月末までは筋肉を大きくする「筋肥大期」でした。その時期はトレーニングの負荷が高く、エネルギーを多く消費するためお腹が空くので、昼と夜にご飯を2膳食べています。体重も増え、筋肉も順調に増えていくので、練習や試合では体が重く感じることもありますが、筋肉を修復するためにも、たんぱく質を含めてしっかり摂らなければいけません。

 

筋肥大期が終わると、瞬発力やパワーを発揮するための速筋を鍛えるトレーニング期に移ります。負荷はそれほど高くありませんが、筋肉を目覚めさせるような、スピードを意識した動きが多くなります。この時期もご飯一膳は必ず食べますが、あとは栄養バランスを考え、見た目にも色鮮やかな食材を摂るようにしています。

 

――栄養素のバランスについて、どのように知識を身につけてきたのですか?

 

及川:代表の活動中に栄養士の方から何度か講義を受け、勉強しました。ただ、食材一つひとつのカロリーまで追求するほど緻密にコントロールしているわけではありません。食べることを楽しみたいので、食べたい主菜に合う具材を選ぶ感じで、ラフに考えています。その中でも、食品添加物を避けることや、補食として食べるバナナブレッドを作る際には小麦粉を使わないなど、気をつけている部分はあります。

 

――ストイックさだけでなく、抜くところは抜くバランスも大事ですね。

 

及川:そうですね。周りからはストイックなイメージで見られるようで、「ケーキや生クリームは食べなさそう」とか「差し入れのドーナツは絶対に食べないでしょ」と言われることもありますが、食べるときはしっかり食べますよ(笑)。

 

――睡眠に関しては、どんなことを大切にしていますか?

 

及川:基本的に、7時間から8時間は寝るようにしています。それより少なくなると、疲労が翌日まで持ち越されて、トレーニング中に体が重く感じることがあります。最近は夏日も増えてきたので、土日の試合後は9時間以上寝ることもあります。

 

――試合の日の夜はアドレナリンが出て寝られないこともありますよね。

 

及川:確かに、そういう時もありますが、深い呼吸をしたり、夜はヨガで呼吸を落ち着けるようにしています。ホッケーは変化する周囲の状況を見て、その都度判断しながらプレーするので、素早い状況判断が重要です。そのため頭も疲れますし、夏は直射日光がグラウンドに反射して目も疲れます。試合の日の夜は心身をリセットするためにもベッドの上でヨガをして、瞑想まではいかないですが、深い呼吸を何度か繰り返しているうちに眠りに落ちていきます。


©Takehiro Saito
©Takehiro Saito

――肌のダメージもありそうですが、理美容機器や化粧品を扱う企業に所属し、キャンペーンモデルを務めるなどスキンケアへの意識も高いですね。

 

及川:炎天下や直射日光を浴びて試合をする機会が多く、一般的な会社員の方と比べて肌へのダメージは大きいので、特にビタミンCを毎食後にマルチビタミンのサプリメントで摂取しています。食事やフルーツから補うこともありますが、疲労の蓄積に強い体にするためにサプリメントを有効活用しています。

 

――海外でプレーされていた時は、食事やサプリメントはどのようにしていたのですか?


及川:現地の食材を上手く取り入れて自炊をしていました。その中でも、発酵食品は積極的に摂取していました。腸は「第二の心臓」と言うぐらい重要な臓器ですし、日本人にとって発酵食品は腸の健康を保つために必要不可欠です。海外では納豆を入手するのが難しいこともあり、乾燥わかめを持参してアジアンスーパーマーケットで味噌を買ってお味噌汁を作ったりしていました。サプリメントも多めに持参し、乳酸菌も補っていました。

 

◆オランダでの衝撃。東京五輪に向けてピル服用

 

――コンディショニングにおいて、生理前後などの体調の変化にはどのように対応してきたのですか?


及川:私は2019年からピルを飲み始めました。生理が終わった後の方が体調やパフォーマンスが良いことは実感していたのですが、以前は重要な大会の前に「早く来てほしい」と祈るしかなかったんです。いよいよ東京オリンピックまであと1年となったとき、自分でしっかりとコンディションをコントロールしたいと思い、それからはピルで生理周期をコントロールしています。

 

――もともと、生理痛やPMSは重かったのでしょうか?

 

及川:周期が乱れることはほとんどなく、PMSもそれほど重くはなく、生理中にお腹が張ることはありましたが、動けなくなるほどの痛みではありませんでした。ただ、経血量が多いことがストレスでした。特に生理の2日目や3日目は量が増えるので、漏れていないか不安で夜中に起きて確認することもあり、そこにストレスを感じていました。しかし、当時は日本で低用量ピルを推奨する病院は少なかったです。

 

――どのようなきっかけでピルの服用を考え始めたのですか?

 

及川オランダでプレーしていた時に、周囲にピルを服用している選手が多かったことがきっかけです。特に私が所属していたチームでは、パートナーがいる選手が多く、避妊目的でピルを使っている選手が多かったです。中には注射型のピルを自分で打っている選手もいて、「赤ちゃんが欲しいタイミングでちゃんとできるように使っている」と聞き、当時はピルに対する知識があまりなかった私は、「そんなピルもあるんだ」と驚きました。同時に、ピルはPMSや生理痛の改善にもつながると知り、オリンピックの大事な試合に向けて、生理のタイミングを調整できるならしたいと思い、クリニックでピルについて相談しに行きました。

 

――オランダはスピードスケート選手のほとんどがミレーナ(子宮内に装着するタイプのホルモン剤デバイス)を使用していると聞きますし、ピル先進国と言われていますね。

 

及川:私の周りはホッケー選手が多いのですが、「オランダ人はほぼ9割がピルを使っていて、飲んでない人の方が珍しい。探すのが大変だよ」と聞き、衝撃を受けました。日本ではどうなのか聞かれて、「あまり知識がないんだよね」と答えると驚かれました。日本では性に対する学びの機会が少ないんだなと感じましたね。

 

◆大事な試合に重ならないようコントロール

 

――通っているクリニックは、「アスリート目線」や「通いやすさ」など、どのような基準で選んだのですか?

 

及川:ありがたいことに日本代表選手は味の素ナショナルトレーニングセンター内のクリニックに通えるため、アスリート目線で診察してくれるという点で、そのクリニックに相談に行きました。「ピルを使ってみたい」と伝え、説明を聞いたのが最初です。

 

――クリニックではどのような説明を受けて服用を始めたのでしょうか?

 

及川:ピルにはいろいろな種類があるので、まずは一般的なものを使ってみようということで、最初は超低用量ピルの「ヤーズ」を3カ月試すことにしました。

 

――実際に使用してみて、どんな変化がありましたか?

 

及川:周囲でも「ヤーズ」を使ってみたことのある選手は多く、中にはフェイスラインにニキビが出てしまったり、胸が張って痛くなってサイズアップしたという話も聞いていたのですが、私はそこまでの大きな変化はありませんでした。ただ、 最初は何度か不正出血がありました。トレーニングの強度やストレスの影響もあったと思います。ホッケーはスコートを履いて試合をしますが、不正出血で血がついてしまったらどうしようという心配があり、クリニックで相談して、3年前ぐらいに低用量ピルの「マーベロン」に変えました。それ以降は副作用はなくなりました。

 

――大事な試合の時にはどのように生理をコントロールしているのですか?


及川:基本的には28日周期にしています。そのうち1週間はプラセボ(偽薬)を服用して、その期間に生理が来るのですが、逆算して試合日に生理が重なると予想した場合、プラセボを飲まずに次のシートのピルを服用することで、試合日に重ならないようコントロールしています。完全にコントロールしたかった大会では、最大で2週間ほど生理をずらしたことがあります。

 

――ピルを服用し始めて6年目ですが、メリットとデメリットをどのように感じていますか?

 

及川もともと多かった経血の量が減って、安心して眠れるようになったので、ストレスが減り、メリットを感じています。デメリットは特にありませんが、ピルを長期間使用して安定してきた今、「子どもが欲しい」と思った時、どれくらいで自分の体が以前の生理周期に戻るのかという不安は少しあります。

(※この疑問について、ドクターの見解はこちら

  

◆ロサンゼルス五輪へ。現場の声や経験を次世代に伝えたい

 

――クリニックにはどのくらいのペースで通っているのでしょうか?

 

及川:服用を始めた頃は、「慣れるまで3カ月おきに来てください」と言われていましたが、体が慣れてきてからは、不正出血があった時などに相談に行く程度です。先生からは「ピルが合わなかった場合、血栓ができて言葉が喋りづらくなることもある」と聞いていて、そういった副作用が少しでも現れた場合は相談するようにと言われています。また、職場で定期的に受けている健康診断で婦人科系の検査を受け、何かあった時には、クリニックで相談しています。

 

――ピルはどのように処方してもらっていますか?

 

及川オンラインで処方してもらっています。以前、私が所属する東京ヴェルディで、「メデリ」というオンラインピル処方アプリがサプライヤーとしてサポートしてくださっていたので、そこからピルを購入しています。

 

――日本代表チームや所属チームでも、ピルに関する情報は選手同士でシェアし合っていたのですか?

 

及川:そうですね。東京五輪前、大会が1年延期になったことで。コンディショニングへの意識が高まりました。チームメート同士でも、誰かがピル飲み始めたのをきっかけに、次第にピルの使用が広まっていった感じでした。東京五輪の時には、チームの約3分の2の選手がピルを服用していたと思います。ただ、代表選手はみんな拠点が違うので、個々で産婦人科やクリニックに通っている状況です。

 

――今季もさくらジャパン、そして東京ヴェルディでの活躍が期待されます。最後に、個人としての目標を教えてください。

 

及川:個人としては代表で、2028年ロサンゼルス五輪の出場権をかけた来年のアジア大会に出場し、優勝することが目標です。パリ五輪で海外の強豪国との差を痛感し、6大会連続でオリンピックに出場してきたさくらジャパンが、このままでは勝てなくなるのではないかと危機感を覚えました。一方で、パリ五輪後に経験豊富な選手たちが引退してしまったので、今後は世代交代が進みます。その中で、現場の声や経験を次世代に伝えることが自分の役割だと感じています。

 

幸いなことに、私はまだ大きいケガもなく、ベストパフォーマンスを発揮できる状態ですので、まずは日本リーグで戦う姿勢や体を張るプレーを示しながら、代表入りを目指します。そのために、日々のコンディショニングを大切にして、活躍し続けたいと思います。


©Takehiro Saito
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【Profile】及川栞(おいかわ・しほり)

1989年3月12日、岩手県出身。元日本代表の母の影響で3歳のときにホッケーを始め、不来方高校から天理大学へと進み、卒業後はホッケー日本リーグのソニーHC BRAVIA Ladiesでプレー。2013年に代表入りした。16年に世界ランキング1位のオランダ・HCオラニェ・ロートに期限付き移籍を果たし、18年に完全移籍。同年、アジア大会で優勝し、アジア女子最優秀選手賞を受賞した。19年からは東京ヴェルディホッケーチームに加入。同年と22年にはオーストラリア最高峰リーグ「ホッケー・ワン」でもプレーし、同リーグMVP(2019年)とベストイレブン(2022年)に輝いた。東京五輪とパリ五輪に出場し、粘り強い守備と統率力、高い経験値で、さくらジャパンを牽引してきた。東京五輪を控えた2019年から超低用量ピル「ヤーズ」を服用。2022年から低用量ピル「マーベロン」に変更し、服用を続けている。理美容機器、化粧品、医療機器等の製造・販売を行う「タカラベルモント」所属。

 

取材後記(松原 渓)

及川栞選手のインタビューを通じて、ホッケー選手としての徹底したコンディショニングと、アスリートとしての向上心・精神力の強さを改めて感じました。トップレベルの選手たちが自身の体調管理を積極的に行っていたオランダでの経験が、及川選手にとって重要な転機となったことは、海外と日本の環境の違いを浮き彫りにしています。そのように、さまざまな環境に順応して試行錯誤しながら自身のトレーニングサイクルを確立したことが、現在の安定したパフォーマンスを支えているのだとわかりました。

現在は「マーベロン」を服用しているという及川選手。大事な試合で生理のタイミングを調整するために最大2週間ずらすという努力にも、プロフェッショナリズムを感じます。取材を通じて選手としての成長だけでなく、社会的な背景や環境に対する考え方も深まり、特に日本における性に対する学びの機会の少なさについて触れた言葉は印象的でした。オランダでの経験をもとに、今後さらに多くのアスリートが自分の体をより良く管理できるような環境が整うことを期待しています。また、今後、及川選手がどのようにチームを引っ張り、次世代の選手たちにその経験を伝えながらホッケーの魅力を広めていってくれるのか、非常に楽しみです。個人的に、今季は試合を生観戦する予定です。これからの活躍を心から応援しています。

 

【ドクターの見解】

ピルの内服中は、脳からの排卵命令にブレーキがかかっている状態です。内服をやめるとブレーキが外れるので、排卵命令が戻ります。命令を受け取った卵巣が実際に排卵するまでの時間には個人差がありますが、1ヶ月以内に排卵と生理が再開することが多く、3ヶ月ほどで元の生理周期に戻ると考えられます。

エネルギー摂取量が不足していると、排卵や生理が戻らないことがあるのでお気を付けください。

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